教科書P102 -P105      - 挨 拶 -   あらすじ解釈

■この作品は、敗戦後7年経った1952年に発表されたものである。
 作者(石垣りん)の20代後半に、職場の壁新聞で原爆の写真を見て書いた作品である。

・登場人物は、被爆した写真の人(年齢性別不明)と友と作者
・主題「挨拶」の挨拶は、誰に対しての挨拶か推測で考えるしかない。
・口語現代詩である。

■【主題】
・冒頭・・・「あ、」 
・文末・・・「油断していた」
・つまり、広島の人達に、1945年8月6日午前8時15分、恐ろしい破壊力の「原爆」が突然落とされた。

・現代も、この恐ろしい原爆が数百個あり、
 突然、午前8時15分の悲劇が 毎朝やってくるかも知れないのに
 人々は、やすらかに 美しく油断している。という警告の詩文である。

■【要約】
①わたしは、原爆で被爆した人の写真をみた。
・その写真は、広島で被爆した人の「焼けただれた顔」の写真である。
・被爆した広島26万人の1人の写真である。もうこの世にはいない人の写真でもある。

②友よ・・と語りかけている。
・この悲惨な写真を見て「向き合った互の顔」をもう一度見直そう。
・この「友よ」の意味は、3つの意味を持っている。
・友とは、①いっしょに写真をみた人かも知れないし、
 ②広く我々人類を友と呼びかけているかも知れない。

・次に続く文で
 「すこやかな朝の顔・すがすがし朝の顔」と書かれている。  
 被爆する前の写真の被爆者の顔を思い浮かべたのかも知れない。

 ③写真で向き合った被爆者を「友」と呼んだのかも知れない。
 したがって、友とは「すべての人々」とも解釈される。

その友の顔は
・地球が原爆を数百個保持して 生と死のきわどい淵を歩くとき
・友よ おなたは、なぜそんなにも安らかに美しい顔でいられるのか
・友の その顔の中に明日の表情をさがすとき、私はりつぜんとするのだ
 
④しずかに耳を澄ませみれば、何かが近づいてきてはいないか
・午前八時一五分は、毎朝やってくるというのに
・友よ 見きわめなければならないものは目の前にある。
・友よ えり分けなければならないものは手の中にある。

⑤一九四五年八月六日の朝に、
・一瞬にして死んだ広島26万人の人々と同じことが いまも在る。
・あなたのも 私も 毎朝 やすらかに 美しく 油断してる。

⑥挨拶の意味
・上記の解釈から 考えると 主題の挨拶の相手は 
 被爆した人々を含めて 「すべての人々」への挨拶と考えられる。
   
【追記】
・この詩は、1952年原爆の被害写真が初めて世の中に発表された直後に書かれた。
・それまでは、原爆の被害状況は世の中に知られていなかったのです。
 1952年にサンフランシスコ平和条約が発効し、被爆写真が公開された。

・現在、9カ国が 1万4525基の 核兵器を保有している。
・広島に投下された原子爆弾の破壊力は15キロトン。
・70年後の現代核兵器の破壊力はすさまじく 平均で100キロトン前後
・ちなみに、1970年代に旧ソ連が作った水素爆弾「ツァーリ・ボンバ」の破壊力は
 5万キロトンと言われている。

「友よ」見きわめなければならないものは 目の前にある。
 一度、振り返って えり分けて みようではないか。  
 

作成日:2018/09/19 記・大仁  

  


   








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