東北の風景    羽州街道(うしゅうかいどう) 

・羽州街道
・江戸時代の五街道は有名です。(東海道、中山道、甲州街道、奥州街道、日光街道)

・この主要街道から各地に脇往還(わきおうかん)と呼ばれる街道が存在して、各地方の物資輸送や人々の移動を担っていた道もあります。

・東北地方の「羽州街道」もその一つで、奥州街道の桑折(こおり)で分岐し、山形、秋田を経て、青森県の油川に至る脇道の街道です。
・距離は、約500km 宿場町は、58~62宿あったと言われています。

・街道の沿線の主な宿場町は、桑折、七ヶ宿、上山、山形、天童、新庄、久保田(秋田)、弘前などがあります。

・江戸時代の東北の外様大名にとっては、参勤交代の道であり、江戸と結ぶ商業街道の道でした。
・そのため秋田藩は、この街道の整備や点検に力を尽くしました。


・あまり知られていないこの羽州街道は奥の細道ですが、東北の日本海側と江戸を結ぶ街道として歴史的に重要性が高く、多くの文人墨客がこの街道を歩き記録を残しました。

・江戸の末期、「吉田松陰」は22歳のとき脱藩をしてこの東北各地を探索しました。そのとき羽州街道を使い、津軽半島の竜飛岬まで行き、蝦夷地を眺めながら渡って見たいと念願したそうです。

・明治時代、この街道を通り東北を旅した人物に「イザベラ・バード」がいます。
・イザベラ・バードは、イギリスの女性旅行家で、日本を旅行し、著書『日本奥地紀行』で羽州街道の様子を記録した人物です。

東北の風景   現代の交通網 

・現代の東北道
・東北地方の鉄道開発は、明治時代から始まりました。
・明治24年(1891年)に上野駅から青森駅までの「東北本線」が開通します。
・この路線は、東京と東北地方を結ぶ重要な幹線となり、さらに東北本線と結ぶ支線が各地の産業資源を運ぶため多く設けられ、地域の経済発展に寄与しました。

・1982年には「東北新幹線」が開通し、東京と東北地方の主要都市を結ぶ高速鉄道として重要な役割を果たしています。

・道路網では「東北自動車道」や各県を結ぶ国道などの近代的な道路網が整備されており、昔と違って、東北各地を訪れる人々にとって非常にアクセスしやすい地域となっています。

・美しい自然や歴史的な名所を巡る交通インフラは充実しており、四季折々の風景を楽しむことができるため、多くの旅行者にとっても魅力的な地域です。


・東北の鉄道

五能線

花輪線

三陸鉄道


  

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