・「森 ゆうれい」と読むのかと聞かれるほど、この人物について多くの日本人は知らない。 
・明治政府の初代文部大臣 (38歳)である。

・森有礼は、欧米の学校制度を研究し帝国東京大学を頂点とした近代学校制度の創始者である。

・小学校令、中学校令、帝国大学令、師範学校令を公布して近代日本の教育改革を明治初期に行った。
・さらに全児童を対象にした「義務教育」「教科書検定」「学生服の採用」「運動会や修学旅行」などを制定。

・現在でも見られる「学校教育制度」の基盤を確立した人物である


・なぜ、これほどの人物が日本国民に知られていないのか、と言えば、

戦後の教育界は、彼の「国家教育主義」を否定したからである。

森有礼の教育思想は
・「教育とは、国家の発展と繁栄のためのに行う」ものであると位置づけた。

・この教育思想が、やがて「富国強兵政策」の中で、大日本帝国を強固なものとしたが、
・戦争への道へと進ませた「国家教育論者」であると否定され続けているのである。

・彼は「伊勢神宮を不敬」したとして、明治22年左翼思想者により暗殺された。(42歳)


・戦後の中国共産党は、森有礼の「国家教育論」を肯定し教育制度に取り入れる。
・我が国の戦前の「知・徳・体」重視の教育を優れた教育として実践している。

■・森有礼の思想を理解するには

・1865年(18歳)で英国に留学、その後ロシアや米国に渡り、ハリス教団との生活を通じキリスト教と欧米の近代思想を学び、明治政府設立後に帰国した。

・帰国して、築地に商法講習所(商業学校・一橋大学の前身)を設立。
・明治の知識人の福澤諭吉や西周らと共に明六社(啓蒙思想団体)を結成した。
・これらの遍歴を理解しなければ、森有礼の思想は理解できない。

・興味があれば、調べてください。

https://www.works-i.com/research/others/item/150319_rekishi01.pdf



② その時歴史が動いた第6巻
  NHK取材班・編

③ 異文化遍歴者 森 有礼
  出版社: 福村出版




   (日教組の戦い)
・敗戦後、戦前の教育理念は、否定された。
・しばらくは戦前の教育を受けた教員が、敗戦後の教育を牽引していた。
・当時の学校には秩序があり、年配の優れた教師が大勢いた。

・1955年に「教育委員会」の任命制問題が起きた。
・1958年には教員に対する「勤務評定」問題が起きた。

・これらの問題に「日本教職員組合」(日教組)が、労働環境闘争から政治闘争へとかじを切った。

・「デモ活動やストライキ闘争」が日教組執行部より組合教員に指示され学校現場は混乱した。


・1946年、GHQの意向を受けた文部省は、教員への手引書として「新教育指針」を発表した。
・その中に「教師の生活の安定、教養の向上等」の対策として、教員組合(労働組合)の結成を奨励した。

・GHQと文部省の後押しがあり、教員組合への加入数は50万人を突破した。
1947年「日本教職員組合」(日教組)が誕生する。
・誕生した日教組本部や現場のリーダー達は、圧倒的に共産党支持者が多かった。

・共産党とは、名前の通り、共産主義・社会主義国家を目指す政党である。現在は違うらしい。


・子供達を・再び戦場に送らない。
・そのため『9条を遵守する』 教育を行う。
・戦前の日本の歴史は、侵略の歴史である。
・『国旗掲揚や国歌斉唱』を強制をさせない
・子供は、みな平等である。
・そのため教育現場に『競争原理』を持ちこまない。。
・教師は、教育労働者である。
・教師の『評価や序列』は、労働強化につながり認めない。
・・・などなどである。

・ほかにも、明文化されていない「影の教育理念」があるのだろうが、共産党執行部でないのでわからない。

結果、子どもの競争や教師の評価を否定し、
・全国統一学力テストに反対し見送らせ、
・文部省が検討していた「飛び級制度」も平等性を欠くとして否定し、
・国旗掲揚や国歌斉唱も否定した。

・勤務評定の阻止運動をはじめとし、各種政治闘争にも参加した。
・地域社会も巻き込み、学校を休校させて大規模なストライキを実行した。
・校内では、生徒を巻き込み組合員と非組合員の対立が深まるなど混乱が続いた。


・そんな中で、戦闘的な日教組教師が「教育現場」で発言力を強めていく。
・職員会議は長引き、校長批判を強め会議の決定権は教員が持った。

・やがて精鋭化する日教組に、ついていけない教員は組合を脱退し始めたが、
・教育現場の混乱は、その後しばらく続いた。


・1988年、日本の労働組合再編の中で「日教組」は分裂した。
・共産党系の組合員は「全日本教職員組合」(全教)を組織し
・社会党系支持の組合員は「日教組」として、連合の単産組合となった。

・1958年初期には「日教組」は全国の公立小中高校の教職員のほとんどが加入し86.3%と非常に高い加入率を示した組織であったが、現在(2017年)の加入率は22.6%である。

・必要であると、私は思っている。
・教職員の待遇改善・地位の向上、職場環境の改善をはじめとする教育条件の整備など、
・「労働環境改善」のためには無くてはならない組織であるが、どこかで歯車が狂ってしまった。

 ■・理想的な人間を育てる「教育」とは、どんな教育なのだろうか?

・森有礼の国家繁栄のための教育なのか。
・福沢諭吉の「天資の発達を妨げず発育するための」教育なのか。

・今でも、多くの人の意見が分かれるところである。

・置かれた時代背景の中で「教育」の目的も変化するようだが、
・しかし、普遍的な教育思想もあるはずだ。

・いま言えることは、資源が何もない国日本は、技術立国で民族を維持しなければ「飯の食えない国」になってしまう。

・やはり、それに基づく教育が要のようである。

2020/03/28(記) Ouxito   

  







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