私の母親  -中国 学生の作文-

中国広西省 学生より  




▼幼い頃、母親は私をあまり可愛がってくれない気がしました。
農村で生まれた私は小さい時、母親と一緒にいる記憶がほとんどなかったからです。

私が小学校にあがる前、母親は仕事に出かける時に、いつも私をお婆さんの所に預けていきました。
ですから小さい頃に母親と遊んだ記憶は、ほとんどありません。

▼小学校三年生の時のことです。出かけるときには雨が降りそうもなかったのですが4時間目の授業の時に突然大雨が降ってきました。
クラスの皆は「どうしよう、どうしよう」と言って騒ぎ始めました。
傘を届けにくる親が次から次へと来ました。
しかし、私の気持ちは期待と失望の間で揺れていました。

私の母は結局来ませんでした。
私は失望して隣の家の友達と一緒に帰りました。

友達に「ねえ、蘭ちゃんのお母さんはどうして届けてくれないの」と聞かれた時は、もうすこしで涙を流すところでした。
家に着いたとき、家には誰もいなく、悲しかったし、怖かったです。母が戻った時は、外はもうすでに暗くなっていました。

「今年の収穫に関わる作業をしていたので、傘を持っていけなくて、ごめんね、」と母は謝ってくれましたが、私は「結局来なかったのは同じでしょ。」と言って、一日中母と口をききませんでした。

▼今、その時の母との会話を思い浮かべると、後悔の念が湧き上がってきます。私はどんなに母を傷つける言葉を言ったのでしょう?
なぜ母を理解できなかったのでしょう?母は村の誰よりも勤勉です。

小さい頃、確かに私と遊んでくれたことはありませんでしたが、
母は私の将来を考えて頑張ってくれていたのです。
今、私が大学にいるのも全部母のおかげです。

これからも一生懸命勉強して、卒業したら頑張って仕事し、
母を幸せにしてあげたいと強く思っております。

2012/05 記   

★中国の学生の作文をご紹介します。

・この学生は、日能検1級合格者で、また広西省 学生Speech大会で3位を取りました。まだ20歳前半の学生です
・中国には、日本語力を持っている学生・社会人が大勢います。
・毎日毎日、大変な努力をしています。
・日本の学生も、のんびりしてはいられませんね。

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    あかねちゃん
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