「★美しきわが祖国 (Bayan Ko)」  

絵画「 Fernando Amorsolo」 唄「Bayan Ko 我が祖国」Kuh Ledesma「YouTube動画」

★"Bayan Ko"(我が祖国)について

■この唄は、Philippine の革命歌である。1928年に作曲された。
・当時は、Bayan = 町(故郷) Ko=私・・「私の故郷」と歌われていたが、アキノ大統領誕生の「ピープルズ革命」で広場に集まった群衆達が自発的に歌い出したことから「我が祖国」と訳されるようになった。

■私は専門家でないので歌の内容を訳するのは難しいが、要約はこうである。
1.わが町は美しい、黄金と花で輝く町、心のやさしい人々の町
2.見知らぬ異国の船がやってきた。
3.我々は囚われた。奴隷の苦しみと悲しみの涙で満ちる町となった。
4.鳥も自由に空を飛ぶ、願いは、私たちが自由になること
5.苦しみの町よ戦いに立て、悲しみの町に自由の夜明けがくる。


★この唄は革命歌である。
■16世紀からスペインに支配され、アメリカ植民地にもされ、戦争で日本軍にも支配された。
・この国は500年も他民族に支配され続けてきた国である。解放独立後も独裁者マルコスによって戒厳令下に置かれた。
・この歌は、人々の苦しみと悲しみからの解放歌でもある。しかし、他国の革命歌とは違い、勇ましさや激しさは感じられない。それは、フイリピン人の国民性にあると私は思う。
・フイリピン人は、苦しみや悲しみの中でも「おだやかに」生きてきた人々だと思っている。

フィリピン情報   ★「奪われた楽園の国 500年」 

■フィリピンが世界史に登場したのは、
・1521年マゼランが世界一周の途中で、セブ島に上陸した時からである。
・それまでのフィリピンは、多民族・多言語の「原始共同体社会」であった。

・マゼランはフィリピンにたどりつくと、
 鎧と槍、火縄銃、大砲などの武器の威力を背景に部族長たちに対して
 スペイン王への朝貢と服従ならびにキリスト教への改宗を要求した。

・しかし、この要求に抵抗したマクタン島の領主ラプ・ラプ1491年-1542年)は、
・1521年4月27日「マクタン島の戦い」で、マゼラン軍を破りマゼランは戦死
 リーダーを失ったマゼランの部下たちは退却していったが・・。

・やがて、スペイン遠征軍が次々と上陸してきた。
・1565年スペインの「レガスビ総統」によりスペイン領植民地となる。
・その後、約300年間スペインの支配が続いた。

■1897年には、米西戦争で勝利したアメリカは、
 独立を叫ぶフィリピン人60万人を虐殺しアメリカ植民地とした。

■1941年には、日本軍(本間雅晴司令官)が、リンガエン湾に上陸、
 日本のフィリピン支配は、敗戦まで続いた。
■フィリピン共和国の独立は、第二次世界大戦後の1946年である。


★支配され続けた500年間

★この奪われた500年間で「原始共同体社会」のフィリピンは大きく変貌した。
◎ スペイン支配では「カトリック教」が浸透し価値観が変貌。
◎ アメリカ支配では「英語」とアメリカ文化の導入により銃社会の登場。
◎ 日本軍支配では「太平洋戦争最大の激戦地」であり悲惨な戦争の経験。

◎いずれも、これらはフィリピン人自身が望むものでは無かった。
◎この間、社会では混血が進み、現在のフィリピン人は、ほとんどがメスチーソ(混血)である。

■人々は多様な文化を柔軟に受け入れる寛容さと、支配者に従属するることを処世術として学んだ。
・しかし「ラプ・ラプ」や「ホセ・リサール」のような誇り高い人々も多くいたことを知れば教育が進行している現在、
若者達により新しい楽園国家「フィリピン共和国」がつくられることも期待できる。
・独立してまだ50年の若い国である。
・現在のこの社会の混沌と騒然さは、その過程の中で起きているのかもしれない。

2014/04/15 (記)

★日本人は Philippine を誤解している。

・「貧しく汚い国」・「役人の汚職が多く殺人・誘拐・銃社会と天災の国」
 とても危険で、観光などには行きたくないと思っている人が多い。
 たしかにその通りで、否定はできない。
 私もここで仕事をする前は、そう思っていた。
 しかし、それは間違いであった。

・アジアの幾つかの国で仕事をしてきたが、
 ここフィリピンが、一番心落ち着いて仕事ができたのである。
・たとえば、
 中国人の友人と酒を飲むと、酔いがまわると突然日中戦争の話が出てきて
 お前もかと面食らうこともここではない。

・ベトナムのように「外国人価格」で、不当にぼられることもない。
 フィリピンだけが、汚職の国ではない。
 中国・ベトナムは、さらに汚職天国である。


★なぜ、心落ち着いて生活ができるのか、

・それは、フィリピンの人達が、心おだやかで優しい人々が多いからだと思う。
 この国は、多民族国家で多重層国家(貧富の格差) である。
・そしてメスチーソ国家(混血)でもある。
・歴史の流れの中で、他者からの支配と混乱の中で生きてきた。
・そんな中でも人々は「一生懸命」生きている。

・無責任な指導者達には怒るが、しかし相手の責任を深く追求することは無い。
・マルコス大統領も責任を深く追及されず、それで生き延びたのである。
・他の過ちを犯した大統領達や官僚達も同じである。
・韓国とは大違いである。


★心やさしい人々
・フィリピンを一言で述べると、
 「心やさしい人々」と「豊かな自然」の美しい国。
・日本人が忘れかけている価値観を、いまでも持っている国と述べることができる。

・そんなフィリピンをこれから幾つか紹介して、
 日本人の誤解を少しでも解くことができれば、うれしい。

2014/04/15 (記) 

  






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